あの日から浮かぶのはいつも決まって

都から離れたこの地でも、日は昇っては沈む。
私に課せられた、私が私に課した使命を果たすため、国境に沿うように戦場を転々とした。いや、私たちの移動に合わせて戦場が移動したというのが正しいか。
この国はやがて、より大きな戦乱に飲み込まれるだろう。その前に、小さな争いは潰しておかなければならない。そのための、山越討伐だった。
しかし、予想よりも早く火蓋は切られたらしい。すでに大国となった魏との開戦に向けて、寄る辺を得た劉備と手を組み、準備を進める旨を知らせる早馬が着いた。
私はまだ帰らない。私の戦場は、たった今立っている、この場所だ。私が望む未来は、この国の先にある。それならば、望みが叶うまで、望みをこの目に捉えるまでは、私が守るべきものは、この国だ。そう、誓ったのだ、あの雨の日に。

山のふもとに敷かれた陣の、幕舎の中に一つだけ明かりを灯し、書簡を開く。早馬が届けたそれを、毎晩のように広げている。
抗戦を決めたこと。開戦の準備。劉備の軍師から持ち出された策。それらの報告の中に、呉に下った者の名があった。黄祖の下にいた者が孫呉に下り、その実力から将軍位を与えられたこと。水軍を起用する次の戦に、期待されているであろう、将の話。何度も文字をたどっては、その事実を突きつけられている彼はどうしているだろうかと思いを馳せる。
私の記憶が正しければ、その将は、――甘寧将軍は、凌統の父を討った、その人だった。

都を立つ前の日のことを覚えている。
彼に、腕を引かれて、抱きつかれた。私を探して走って息を切らせて、そうやってなんのためらいもなく腕をまわしたくせに、身体は震えていて、まるで言葉を知らない者のようにただそのまま固まっていた。彼の中に巣食う恐れが、そうさせたのだろう。彼から大事な人を、父親を奪ったあの戦が、代わりに恐れを植え付けて行ったのだ。だから、その恐れがなくなるまで、私にできることをしたかった。彼の心に残る傷が早く癒えればいい。そう願って、できる限りやさしく、手のひらを寄せた。
きっと、そうやって彼に与えた分だけ、自分も許される気がしていた。

彼は今、遠い都の中で一人、どうしているだろう。
陽が落ちた夕闇の中、雨の日の書庫、よく晴れた午後の回廊、私の知る彼はそんな場所にいる。私がいない今、彼はそういう場所に一人立っているのだろうか。
孫呉に下った親の仇を前に、激昂しているのだろうか、それともまた沈んでしまったか。報告を見る限り、相手は将軍位を与えられ、軍を預かるほどの人物だ。仇討ちが叶うはずがない。

毎晩、思考の行きつく先はいつも同じ場所だ。
もし彼がまたうつむいているのなら、その手を引いてやりたい。
そんなささやかな願いも叶えられないまま、今日もまた目を閉じた。