好きじゃない、なんて言っても

頭の良さそうな子供だと、最初はそう思った。
それは肯定的な意味もあったし、否定的な意味でもある。俺よりもだいぶ年下に見えるその子供は、年頃のやんちゃな悪ガキというよりは大人しそうな優等生の印象を受けた。いずれは文官の地位について、戦場に出る武官たちに小言を言う立場になるのかな、とも考えた。その頃、俺は父上について孫呉に仕え始めたばかりで、戦にはまだ出たことはなかった。だからそんな高官たちのやり取りなんて、うわさと父上のちょっとした愚痴くらいでした知らなかったのだけど、とにかく文ばかりに傾倒する奴が好きになれなかったのは確かだ。頭のいい奴はなにかと知識をひけらかして俺をバカにするから。
体格の大きな将の後ろに半分隠れるようにして立っているその子供を、俺はずいぶん長いこと眺めていた。ただ挨拶をしに来ただけなのだから、そんなに長時間話していたはずはないのだが、今思うとそれはとても長い時間だったような気がする。
そうしてやがて「子供たち」を紹介する段になり、俺は適当に名乗った。続いて名乗った子供は、どうやらその将の息子ではないらしかった。字を名乗ったその子供は、もしかしたら俺が思うほど幼くはないのかもしれない。
将が横から口を出した。孫呉に仕え始めたときに字を頂いたこと、知に長けていること、こう見えてすばしこく剣を操ること。将はこの子供の師として面倒を見ているらしい。それまでの話なんて全く覚えていないのに、そう語る声だけはやたらと耳に残っている。おもしろい子供だ。ちびで、幼い顔立ちをして、なのにきまじめそうな態度で、しかももう成人しているという。良くも悪くも頭の良さそうなこの子供は意外にもすばしこいと聞き、どんな剣を使うのか興味がわいた。
「そんなちっこいのに、もう成人してるんだ? あんた、すごいね」
そういって握手を求めた俺に応える子供の声はぶすくれていて、正直かわいくなかった。
短い時間に驚くほどころころと印象が入れ替わる人間だった。

「すみません、会議室はどちらに……」
「うん? おお、凌統か。少し待ちなさい」
道を尋ねた相手はあの日挨拶した将だった。あのとき顔を覚えていたから、声をかけやすかった。
今になって考えると、あの挨拶の日は呂蒙殿と初めて出会った日でもあった。でも、呂蒙殿との会話で印象的なのは、この日の出来事の方だ。
そのまま、目的の会議室まで連れ立って歩いた。
「どうだ、城にはもう慣れたか」
「いやあ、まだまだですね。顔と名前が一致しない上に、未だに迷いますんで」
「まあ、城に来てすぐのうちはそういうものだ。俺など未だに道を間違える」
そんな話をしていたらすぐに会議室に着いた。近くまでは来ていたようで、曲がり角を間違えただけらしかった。
「そういえば、今日はあの子は一緒じゃないんですか」
去り際にそんなことを聞いた。
「ああ、陸遜か。なにも四六時中一緒にいるわけではないぞ。この時間なら書庫にいるだろう」
ちょっとおもしろがるような目をされたのが不満で、目をそらす。
「なんだ、気になるのか」
「ヒマそうだったら手合せでもお願いしようかと。剣を使うって聞いたので。でもたぶん、今はヒマじゃないですね、それ」
「では今度、俺から伝えておこう。年の近い者がなかなかいないからな、きっと喜ぶぞ」
「まあ、お願いします。覚えてたらでいいんで」
遠ざかる背中はどことなく嬉しそうに見えた。弟子に友人ができそうなことが嬉しいのか。

仲良くできそうかと聞かれたら、それはまだわからない。
おそらくまだ、俺よりも年下で知を好み剣を操る子供に対する、ただの興味だった。