午後

ぽてん、と壁に背中を預けた。
室内はよく晴れた日差しであたたかい。日に当たらない場所を探して座り込んだら、部屋の主はいそいそと隣に寄ってきた。最初はそうやって、隣同士寄り添って座っていたはずなのに、気がつけば主は腕の中に潜り込んで、大して広くもない空間にちゃっかりと収まっていた。俺と彼では背の高さがだいぶ違うが、姿勢を崩して座ってしまえばさほど変わらない。すぐ目の前、顔の下の方にふわふわと髪の毛があたってくすぐったい。知らずにやっているのかそれともわざとか、考えのまるで読めない軍師殿はすっかり俺の腕の中で落ち着いてしまって、ゆっくりと書物を眺めている。
寄りかかる背中はあたたかく、小さな息の音が聞こえる。ゆるく回した腕に少し力を込めると、そっと笑うように空気が震えた。
「ねーえ、軍師殿ー」
そう呼びかけて、肩に顎を乗せる。思ったよりも間抜けな響きになったけれど、ぽかぽかとあたたかい空気の中でわざわざ張り詰めた声を出すこともないだろうと、真面目な空気なんか気がつかなかったことにしてしまった。そんな間延びした声に、腕の中に囲った彼が笑うものだから、それに合わせて髪が揺れて、また俺の輪郭をくすぐる。
「なんです、凌統殿」
くすくすと笑う合間に名を呼ばれた。その陽気に溶けるくらい優しい声、それだけで、許されている気分になる。近くにいることも、こうして触れることも、二人で笑い合うことも。だから、ちょっとくらい調子に乗ったって構わないだろう。
「ねえ、さっきからヒマなんだけど。そろそろ俺にも構ってよ」
壁に預けていた体重を、目の前の身体に向けた。後ろから抱きつく格好になって、そのまま肩に顔をうずめる。あたたかい。
「だって、先に一人で座ってしまったのは、あなたの方でしょう」
笑いを含んだ声が返るが、書物のページをめくる手は止まらなかった。
あれ、失敗したかな。
「んじゃいいよ、構ってくれないなら、ヒマだしこのまま寝ちゃう」
「風邪をひかれますよ、いくらこの陽気でも」
「そんな柔じゃないって。それに、軍師殿の読書の邪魔にはならないようにするから」
「誰も邪魔なんて言ってませんよ」
「邪魔したらいけないと思って大人しくしてましたからね」
「それはお気遣いありがとうございます」
軽口はどんどん流れていく。その間、彼の手は定期的にページをめくっているように見えた。
「それ、本当に読んでんの?」
「ええ、実は先ほどから、全く頭に入ってこなくて」
腕の中の彼はまたくすりと笑った。ついに書物を閉じてしまって、力を抜いた身体はぽてんと背もたれに寄りかかる。
「おっ、やっと構ってくれる気になった? 陸遜」
その言葉に、初めて彼が振り向いた。
「最初からそう言ってくれれば良かったんですよ」
俺の声も相当とろけた響きをしていたに違いない。
顔を見合わせ頬を寄せてくすくすと笑い合うこの腕の中を、幸福と呼ぶのだろうと、そう思えた。