星見酒

「ほら、星がきれいですよ」
窓から吹き込む風が冷たいせいだと、誰に聞かれるわけでもないのに言い訳をして、そっと距離を詰める。絡ませた腕と、二人で潜る1枚の毛布があたたかい。だから風がどんなに冷たくても構わない。
「本当だ」
窓に向かって寄り添って座って、背には毛布をかぶって、腕を絡ませる。互いの空いた片手には、杯が一つずつ。
空気は乾いていて、星を見るには絶好の天気だ。多少寒いくらいでちょうどいい。
ふふ、と隣の身体が揺れる。聞き返す前に頭を預けられた。
「いい夜空だねえ。星を見るとか言うから、なにかとんでもないものでも見ようとしてるのかと思った」
「なんですか、それは」
身を寄せ合ってひっそりと声を交わす。それだけで酒はどこまでもおいしくなるし、それだけで楽しい。そう思う私の表情もきっと緩んでいる。
でも続いた彼の声はどこか不満げだった。
「あんたには、俺には見えないものがたくさん見えるんだろうなあと思ってさ。こうやって同じ星を見てても、あんたは俺よりたくさんのことを読めるんだろ」
「それはまあ、一通りの手ほどきは受けましたからね」
「ふうん」
そう言って触れていた頬をふいとそらしてしまった。これでは隙間風が通ってしまう。
「おもしろくなさそうですね?」
「だって俺には見えないんだよ。あんたと同じものが見られないのはつまらないね」
そっぽを向いたままの彼はそんなことを言った。二人きりだからか、それとも酒のおかげか、普段の斜に構えた様子が嘘のように素直だ。
まるで彼のそんな一面を独占しているみたいで、だからこの星見酒はやめられない。
「いいんですよ、そんなもの、見えなくて」
せっかくの酒をこぼさないようにそっと杯を置いた。自由になった両手で抱きついて、空いた隙間を埋め直す。離れていたら寒いでしょう、だから離れていかないで。そう想いを込めて力をいれたら、やっと彼が振り向いてくれた。
「ね、軍師殿。星が読めたら、未来もある程度読めるのかい」
「そうかもしれませんね。でも私は、読むのはあまり好きではないので」
私もこの席では回りくどい言い方はしない。正直に答えると、彼はまた、ちょっとおもしろくなさそうな顔をした。
「ふうん。読めたらおもしろそうだと思うけどね、俺は」
「だって星は、知らなくていいことばかり教えてくれますから。私と凌統殿が、いつまでもこうしていられると、それだけ教えてくれたらいいのに」
勢いに任せてすらすらと答える。一瞬会話が途切れて、彼の方を伺うと、目を丸くして固まっていた。やがて硬直がとけて、笑みがこぼれる。
「……あはは、なにそれ。軍師殿、もう酔ったの?」
失礼な。私はいたって真面目に答えたのに!
「私がこの程度で酔うはずがないのはよく御存じでしょう?」
そう返してはみたものの、本当はだいぶ自信がない。彼ほどではないにせよ、私も普段はこんな風にべたべたと甘えたりできないのだからと思い返して、絡めた腕に力を込めた。すぐ近くに彼のちょっとくせのある髪が流れていて、そっと頬ずりする。彼も杯を置いて、空いた手は私の頭の上に乗った。大きな手に撫でられる感覚は嫌いじゃない。
どれもこれも二人きりだからできることだ。凌統殿を独占している、なんて贅沢。
「ごもっともで。では、軍師殿の熱い口説き文句のお返しに、今晩は気の済むまでお付き合いしましょうかね」
「星が沈むまで、ですか?」
「もちろん」
そう言って彼は笑う。ふっと揺れる、その空気を感じ取れるこの距離にいられることが、今は何よりも嬉しい。
「さすが凌統殿、わかってらっしゃる。じゃあ私からもお礼に、どうぞ」
「そうやってまた潰そうとする」
「ばれましたか」
「俺が潰れたらそのあと一人残されて寂しいのは軍師殿の方だからね」
「それはもったいないです、やめておきましょう」
軽口を言い合いながら、互いの杯を酒で満たす。
星はゆっくりと私たちを見下ろしている。夜はまだ長いだろう。
「じゃあ今日は、星の見方、教えてあげます」
軽く杯を合わせるように額を合わせて、ひっそりと笑い合った。